暑い。
何の救いにもならないぼやきが止まらない。
エアコンは加減が難しくて好きじゃないけれど、この暑さではそうも言ってられない。えいっとスイッチを入れると、思ったよりも早く涼しくなった。こんなに早いならさっさとつけたらよかった。
私は部屋のなかでしばらくぼうっとしていた。疲労がたまっていたのか、エアコンが快適すぎたのか、あるいは単に怠惰なのか。とにかく、なにもしないまま時間が過ぎていった。
気がついたらもう昼過ぎだった。
本当ならもう一本観終わっている時間だ。「予定の私」はいつだって「実際の私」よりずっと勤勉だ。慣例にしている観たい映画リストは増えていくばかりで、今日もあまり消化できそうにない。さて何を観ようか。なんとなく名作を観るような気分じゃない。ゆるく楽しめそうなものにしよう。こんなんで本当に観たいものを観られるときは来るんだろうか。いっそリストアップなんてやめてしまおうと思った時期もあったけれど、観たかったことを忘れてしまうのはもっと寂しいと思い直して、続けている。
よし――。食事をとって、映画を観よう。お昼はそうめんでいいか。このところ、そうめんしか食べていない気がする。お湯が沸くのを待ちながら、気分に合うタイトルを決めた。
♠ ♡
映画はまずまずだった。
少なくとも今の私にとっては、だけれど。
ここがひとつ難しいところだ。映画の良し悪しは作品の出来だけで決まるものではない。それは観る側の直近の生活に大きく影響されるからだ。どの人物に一番共感したか、お気に入りのシーンはどこか、どんなテーマを感じ取ったか…。きっと観るたびに変わるだろう。もちろん、これはいいことでもある。今日いまひとつと思ったタイトルに、ある日突然まったく新しい輝きを見出すかもしれない。だから仮に楽しめなくても、今日観たということ自体に意味がある。
だけどやっぱり私はがっかりしていた。作品に対してではない。映画の佳境で降りだしたゲリラ豪雨に、遠くのほうで聞こえる雷に、それらに気が散っていると自覚したことに。
私がこの作品をつまらなくしたのかもしれない。
夕立は激しくなる一方だった。
落雷がつんざく音がひっきりなしにしていたし、白い雨粒が風にあおられて濃淡が変わる様子がはっきり見えた。
そんな予感はしていたけれど、やはり停電した。
照明は落ち、冷房も止まった。
なのに不思議と嫌な感じはしなかった。それどころか、なんだろう…この感じ。辺りは暗く、エアコンは押し黙り、空気は淀んでいる。室内は神妙な静けさをたたえていた。そう。とにかく静かだった。
窓の外では、相変わらず雷と雨風が凄んでいる。けれど、それが遠い世界のことのように感じる。まるで停電を起こした落雷が、内と外とのあいだを断絶したみたいに。
とにかく私はこの状況を愉しんでいた。
それでふと、一杯やろうと思いついた。普段は酒は飲まないけれど、冷蔵庫にずっと冷やしてるチューハイが一缶あったはずだ。
冷蔵庫を開けると冷たい空気が漏れ出した。中は暗闇で満たされている。ほの暗い影がはびこっている。
停電中に冷蔵庫を開けたことがなかったけれど、電気が点かないとこんな感じなのか。奥行きはそんなにないはずなのに、見ていると吸い込まれるような錯覚を覚える。それで確かめてみたくなった。冷蔵庫の中身を全部出して、再度中を覗いてみた。どういうわけか電気の消えた部屋よりも、冷蔵庫の中のほうが数段暗い気がする。せっかくだから棚板も外してみた。もはや常温に戻ったその箱は、かつて冷蔵庫だったという質感すらも失いかけていた。その様子を見て、私はとても満足した。
何が私を勇気づけたのか、わからない。
だけど確かに、空っぽの冷蔵庫を見た私は「今ならいける」と強く確信した。
それで冷蔵庫の奥にタブレットを据えてみた。あまりに収まりが良く、このために設計されたと見紛うほどだった。私は汗をかいているチューハイを持ってきて、冷蔵庫の前に腰を下ろした。
そうして真っ暗な部屋の中、今日限りの特別な劇場で、ずっと観たかった映画の上映が始まった。
※電子機器を冷蔵庫に入れないでください
故障の原因になります
夕立の休日(1769字)


