「39番でお待ちの方―」
差し出されたトレーを見て、げんなりしてしまう。
頼みすぎたかもしれない。ポテトふたつにアイスティー。いざ目の前に現れると予想以上に迫力がある。
席で待っている啓太のバーガーとコーヒーが、スタイリッシュに見えてしかたなかった。
「なんでふたつなん?」
席に座るなり早速訊かれた。同じものをふたつ頼むのは、それだけ珍しい行為なのかもしれない。
「間違いがないからだよ」
啓太は几帳面に包み紙を開けている。私もアイスティーを飲みつつ、話を続ける。
「欲しくて注文したはずなのに、実際に食べたらなんか違うなってなることが多くてさ」
「ん゛ー」
ダブルチーズバーガーを頬張りながら、理解できないという顔をしている。
普通の人にとっての当たり前が自分に当てはまらないことは、よくある。その逆もまた然り。
「さっきまでアイスティーの気分だったのに、今は炭酸がよかったなーって思ってるし」
言葉にしてみたら、いよいよ自分がアイスティーを選んだ理由がわからなくなった。
5分前の私と、今の私。この場合どちらに責任があるのだろうか。
「自分の本当に食べたいものがわからないってこと?」
「うん、まあそうかな。でも、ポテトだけは裏切らない」
そう言いながら口にしたポテトは、やはり思った通りの味がした。
「裏切らないとも言えるし、期待を超えないとも言える」
「嬉しいことだよ、予想通りなのは」
食べてみたら、違った――。
食事に限らず、私はこの感覚を抱くことが多い。
心躍らせて買ったベースもなんか違った。届くまであんなに楽しみに動画で予習したのに。
これだ!と思ったブログも違った。ややこしい設定を終えてから、書きたいことがないって気づいた。
私は大学ノートをたくさん持っている。けれど、大半は最初の数ページしか使っていない。
根気がなくて続けられないんじゃなくて、始めた瞬間に「これじゃない」ってなる。
だから想定内のこの味が、たまらなく愛おしい。
ガッシャン――!
突然背後から大きな音がした。どうやら店の反対側で、古稀くらいのくらいのおばあさんが転んだようだ。
どこからともなく店員がやってきて、立ち上がったおばあさんに心配そうに声をかける。立ち姿に反して、おばあさんの声はとても快活だった。店員もにこやかな表情に戻り、手際よく床にこぼれたドリンクの掃除をする。二人があまりにもいい表情をしているものだから、久しぶりに会えた祖母と孫を見ているようだった。
体を向き直ると、啓太もやわらかい表情をしていた。
「俺、足りないから注文してこようかな」
相変わらず食べるのが速い。こっちはポテトがひとつ、手つかずで残っている。
「ポテト食べていいよ」
「あ、うん。ポテトもちょっと貰うけど。なんか頼む?」
「んー、いっかな」
「おっけ。行ってくるわ」
啓太が席を立って少しして、私はもう一度後ろを振り返った。
啓太はレジの前でメニューを見上げていた。まだ何を頼むか決めかねているようだ。
奥の席にいたおばあさんの姿はもうなかった。飲み物がこぼれた場所も、もう見分けがつかない。
啓太は何を注文してくるだろう。私はポテトをつまみながら考えた。

