くたくたになって乗った終電には、ひとつだけ空席があった。他に座ろうとしている人がいないのを確認して、重たい体をシートに預ける。充実した一日だった。今日は、サークルの友人たちと六景島オーシャンユートピアを満喫してきた。役目を終えた太ももが熱を帯びて痛む。ひとまずはもう、終点まで時間が過ぎるのを待つのみだ。
気を緩めたのも束の間、次の駅で問題が起きた。園児くらいの子供三人の家族連れが、僕の前に入ってきた。そしてやはり予想通り、一番下の男の子が「座りたい」と口にした。
このタイミングで僕は行動を起こせなかった。
男の子はぐずるでもなく、母親に向かって静かにもう一度だけ同じことを言った。聡明な母親は息子をやさしく抱き上げる。うるさくはなかったが、沈黙が帰ってくる。
一連の流れを目の当たりにして、僕は席を譲りたいと思った。半分はそうすべきと感じたから。もう半分は、この家族のクールさに打たれて、粋なことをしたくなったから。
よし。
いざ立とうとしたところで、別の考えが頭を過った。
――僕が譲れるのは一席だけだ。
――つまり、二人の幼い姉たちに席はない。
――それでは単に事態が悪化するだけではないだろうか。
――僕が立てば両隣のおじさんたちも、バツの悪い思いをするだろう。
しかし、わかっているさ。
所詮は全部言い訳だ。
僕は目をつぶる。
目をつぶって、今日のジェットコースターを思い出す。
+ +
狂気の具現、ジェットコースター。あんなものに弄ばれたがる連中は、きっと頭か体のネジがとんでいるんだろう。あるいは両方とんでいるか。そして悲しいかな、仲間たちの中でまともなのは僕だけだった。つまり、そう。乗りたくないという僕の意思は黙殺すべきマイノリティだった。ベンチに座り込むも抵抗むなしく、二人がかりで腕を引っ張られる。待つと言っているのに無視して強硬手段に出るあたり、「かわいそうだよ待たせてあげようよ」と誰も言い出さないあたり、本当にこいつらに出会えてよかったよ。言うまでもないが、これは皮肉だ。
途中下車非推奨の拷問が始まる。程度をわきまえず昇り続ける蛇の中で、隣のネジ欠けが言った。
「何もしなくていいよ」
「列にさえ並んでしまえば、ジェットコースターはクリアなんだ」
地獄からの生還を果たした僕の頭の中では、先の台詞がこだましていた。乗ることが確定して以降、僕の内側は終始乱されていた。すべてが終わることだけを一心に望んで、迫りくる自分の番に怯えていた。しかし、確かに奴の言う通りかもしれない。無理やりベンチから引き剝がされた瞬間に、こうなることは決まっていた。完了までが約束される以上、蛮勇と奔流とにすべてを任せてしまうのも悪くないのかもしれない。未来の自分に丸投げしているようだが、気にかけてやることはない。その時が来たって、どうせ安全バーを握るぐらいしかやることはないんだし。
+ +
こっちを向いた周りの目で、自分が立ち上がったことを自覚した。
そのまま自然にドアの前まで行く。背中に視線を感じるが、動かず外の景色に集中する。電車は少しずつ速度を落としていた。どうやら丁度こちら側のドアが開くらしい。笑ってしまいそうになるのを、ぎゅっとこらえる。
気持ちのいい機械音とともに道がひらかれる。本日二度目の高揚感のなかで、僕は電車をあとにした。


